元マラソン選手松野明美さんが熊本県議会議員って知ってました?

元マラソン選手で現在はタレントとしても活躍する松野明美さんが、2015年4月から熊本県議会議員だったとは、あまり知られていないかもしれません。 松野明美さんの過去、現在をまとめてみました。

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元陸上・松野明美さん、熊本県議会を「仮病」で欠席 東京で講演
フジテレビ系(FNN) 5月28日(土)1時32分配信
元陸上選手で、熊本県議会議員の松野明美さんが、熊本県議会を欠席して、東京で講演を行っていたことが明らかになった。
松野議員は「(講演会は)半年前からの約束で、臨時議会が何日になるかわからないということで、その辺りは、どうしようかということは相談しております」と述べた。
松野議員は、2015年4月の統一地方選で、熊本市議から転身して、トップ当選した。
熊本地震などに関する審議のため、5月13日に開かれた臨時県議会を欠席して、同じ日に、東京・府中市で行われたイベントで、子育てなどに関する講演を行っていた。
東京都の担当者は「大変な地震が起こったということで、講演を引き続き、お願いしても大丈夫か、確認させていただきました」と話した。
今回の欠席について、議会事務局には、届けを出していて、本人は「病気のために欠席した」と話している。
ほかの県議からは、「県議の仕事の本分を考えるべき」といった批判の声が上がっている。

  出典 元陸上・松野明美さん、熊本県議会を「仮病」で欠席 東京で講演(フジテレビ系(FNN)) - Yahoo!ニュース
松野明美さん、熊本県議に初当選 元マラソンランナー
http://www.huffingtonpost.jp/2015/04/12/municipal-assembly-kumamoto-matsuno_n_7051568.html
ソウル五輪の陸上1万メートル代表の松野明美さん(46)=無所属=が12日、熊本県議選の熊本市第1選挙区(定数12)で初当選した。

  出典 www.matsunoakemi.jp
松野 明美 公式サイト
http://www.matsunoakemi.net/
7/31「金スマ」出演! 元五輪選手、熊本県議会議員の松野明美の公式サイト。ダウン症の息子が産まれ、二人三脚で歩んだ日々を綴った本『いちばんじゃなくて、いいんだね。』(アスコム刊)を出版。

  出典 www.matsunoakemi.net

松野 明美(まつの あけみ、本名:前田明美、1968年4月27日 - )は元陸上競技長距離走・マラソン選手、タレント、日本の政治家。
1988年・ソウルオリンピック女子10000m日本代表。その後女子マラソンでもオリンピックを目指したが、マラソンの種目で五輪代表に選出されることは一度も無かった。
2010年から熊本市議会議員。2015年から熊本県議会議員[1]。無所属。旧鹿本郡植木町(現・熊本市北区)出身。現在2児の母。

  出典 松野明美 - Wikipedia

松野の実質上の全国デビューはなんといっても女子駅伝である。全日本実業団対抗女子駅伝や全日本都道府県対抗女子駅伝などでは、小さな体で自分より大きなランナーを次々とごぼう抜きしていく姿が、(当時は女子マラソンや女子駅伝が始まったばかりで、駅伝中継に乗り出したTV局としても視聴率のとれるスターを求めていたということもあり)各メディアで鮮烈に取り上げられた。特に、ルーキーイヤーである1987年全日本実業団対抗女子駅伝では、初出場の熊本のニコニコドーという会社の名前やショッキングピンクのユニフォームも衝撃だったが、圧巻は最長の4区10キロで当時女子マラソンの第一人者だった増田明美(日本電気)を含む松野の12人抜き。

  出典 松野明美 - Wikipedia

1995年12月28日、足の故障が完治しない事を理由に、翌1996年のアトランタ五輪女子マラソンへの国内選考会出場を断念、現役引退を表明する。引退の直接のきっかけは、いじめられっこだった松野が、陸上を始めるきっかけを与えてくれた母ユイ子の「もういいんじゃないかい」という言葉だったという。引退記者会見で「今一番やりたいことは?」と聞かれた後、松野は「できることならもう一度走りたい」と涙を浮かべていた。引退後は、ニコニコドー人事部係長を務める。同時に、1996年からは熊本県民テレビでスポーツキャスターも務めた。
1999年、ニコニコドー陸上部休部とともに退社し、独立して「松野明美ヒューマンライフ」という事務所を設立。現在は講演やタレント活動などを行っている。また、岡田元ニコニコドー監督が亜細亜大学陸上部監督になった縁で、1999年から2001年まで亜細亜大学陸上部女子のコーチにも就任。後進の指導にも努めている。(その亜細亜大学の2006年箱根駅伝での見事な初優勝を受け、「最初の3年間お手伝いしたが、あまりに学生の反発が強いので、もう無理だと思った。岡田監督はストレスで耳が聴こえなくなったこともあったと聞いた。だから、監督から優勝の電話をもらって涙が出た」とコメントしている。)
2008年2月、第2回東京マラソンで久々にフルマラソンに出走、お笑い芸人の竹山隆範(カンニング)と一緒に、制限時間約10分前の6時間49分09秒でゴールした。

  出典 松野明美 - Wikipedia
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